2011年07月13日

Bridgeport, CA より

IMG00215.jpgIMG00216.jpgIMG00217.jpg
今朝キャンプサイトを出発するまで予定していなかったのに、空腹に負けて峠道を走る車に親指を立ててしまいブリッジポートという町まで下りてきました。車が止まってくれるまで2時間かかりましたが。

この前のリーバイニングの町からヨセミテ国立公園まで戻ったら、前日まで閉店していた店が「本日開店!」にはまいりました。僕の人生、いつもこんな感じです。
週末のデイハイカーやバックパッカーで賑わうヨセミテのメジャーな地域を抜けてPCTハイカーしかいない奥地に進むと橋のかかっていない沢や川を大小合わせて一日に10回くらい渡ります。"大"の方は雪解け水で暴れ狂っています。膝くらいなら流れが強くても「流れに負けるなー!!」と自分を鼓舞しながら渡れますが、それ以上深くなると大変危険を伴いまして、2回ほどかなり危険な目にあいました。

1回目は7-8mの幅がある川の2/3くらいまで渡った所で激流が腿の辺りまで深くなり流れに負けてしまいまして...。バックパックを背負ったまま流されてあっぷあっぷしながらなんとか流木にしがみついたところに、既に渡り終えていたハイカーが手を差しのべてくれずぶ濡れで岸に這い上がりました。動画で撮っていればリポビタンDのCMにそのまま使えるような感じだったと思います。

2回目はガイドブックに一番怖い渡渉と書いてある川だったので前日からかなり緊張していましたが、その場に着くとメモ書きがあり「下流に数十メートル行くと倒木が橋のようになっていて渡れる。」とありました。しかもパークレンジャーが設置してくれたのか倒木に沿ってロープも渡されています。倒木は心細い太さでしたがロープを掴んで渡りはじめて中間地点まで渡ったときにバランスを崩してロープを引っ張ったら思いの外ルーズでして、川に落ちました...。なかなかこの川も暴れ狂っていましたが、幸い落ちたのが倒木の上流側だったのとロープを掴んだままだったのでなんとか這い上がり、またずぶ濡れで倒木を渡り直しました。

この2回ですっかり川が怖くなってしまい、トレイルの先から水の流れる音が聞こえてくるとドキドキしてしまいますが、雪解けのピークは過ぎたように感じるのでひと安心です。
ちなみに今年の積雪は例年の200%(去年も160%)だったようです。

ここから先はようやく雪ではなくトレイルの上を歩けそうです。
posted by MIJ at 14:45| Comment(1) | Pacific Crest Trail 中継 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

South Lake Tahoe, CA より

IMG00218.jpgIMG00219.jpgIMG00220.jpgIMG00224.jpgIMG00226.jpgIMG00228.jpg
カリフォルニアとネバダの州境にある湖とカジノとスキーのリゾート地・レイクタホに下りてきました。前回のヒッチハイクで苦労したので、極力ナイス・ガイに見えるように髭も剃って挑んだヒッチハイクは一発目で拾ってもらいました。何人かのドライバーが話してくれましたが、やっぱり乗せる方も慎重でヒッチハイカーの人相を見ているようです。アジア人だからという理由で乗せてくれた人もいました。だからヒッチハイクの時はサングラスを外して帽子を浅くかぶって、爽やかスマイルと困り顔を交互に試しながら親指を立てています。ここレイク・タホは5年前に住んでいたネバダ州リノから一時間の距離なので何度もハイキングやマウンテンバイクに来た馴染みのある場所です。ネバダ州はカジノ合法なので州境には大きなカジノがあります。カジノと言えば必ず食べ放題レストランもセットのように同じ建物内にあります。腹を空かしたハイカーはメインフロアのカジノを素通りして最上階の食べ放題レストランに直行です。悔しいのは長い山の生活で胃が小さくなってしまいすぐに満腹になってしまうことです。それでも「満腹に負けるなー!!」と自分を鼓舞して食べ続けると夜中までお腹が痛くなります。

そんな思い出の町ではタイミングが合いW杯女子サッカーを見ることができました。今までは、よく耳にする「スポーツで勇気を与える」的な言葉をあまり信じていなかったというか、スポーツと他の物事を関連付けられない自分がいましたが今回の試合を見て言葉の意味を理解することができました。彼女達の活躍を見て沈んだ雰囲気の日本や未だ苦しむ被災地を明るくすることを知りました。実は周りのハイカーや町で出会った人達にどこから来たのかと聞かれ、日本から来たと応える度に「自分はハイキングをしていていいのか?」と考えてしまいます。きっと歩き終わるまでこの自問自答が続くと思いますが、それでも今回の女子サッカーを見て直接的なサポートでなくても自分が動けば何かが連鎖して動きだし、今はどんな形か分からないけれど必ず良い影響を与えることができると確信しました。僕は常々「すべての物事が起こるには理由がある」と思っています。自分がPCTを歩くと決めた年に災害が起こった事にも何か理由があるはずです。ハイキングは足を前に踏み出し続けていれば必ず目的地に辿り着けるすごくシンプルな事です。それを成功させて胸を張って帰国すれば、何かが起こると信じています。

トレイルは標高が少しずつ下がってきて雪は少なくなってきましたが、それでもまだ森の中には1m近く雪が残っていて一日に数回はトレイルや前のハイカーの足跡を見失い森で迷子になります。その分、毎年雪解けのこの時期"蚊地獄"と呼ばれるほど大量の蚊に苦しむ区間らしいのですが、今年は雪がまだ残っているので蚊に囲まれずに済んでいます。
ここにきて2足目の靴にも大きな穴が開いてしまいました。予め送っておいた3足目を郵便局で受け取り、ここからは必要のないアイスアックスとスパイクといった雪山装備と使用を義務付けられていた熊缶を日本に送り返しました。そしてここからは北カリフォルニアに入って行きます。
ちなみにまたコインランドリーの乾燥機でやってしまいまして...、使用頻度の高いウィンドブレカーが乾燥機の隙間に挟まったまま回転していたようでズタズタになってしまいました。どうやら乾燥機が鬼門のようです。

ps
お陰さまで米国時間で明日、30歳の誕生日を迎えます。しかも狙っていたわけではないのに、明日の夜は自分が世界で一番綺麗だと思っているレイク・アロハでキャンプできそうです。リノに住んでいるときに何度かキャンプしたお気に入りの湖で誕生日を迎えられることも何か理由があるのかもしれません。
しかし、30か...。
posted by MIJ at 07:49| Comment(5) | Pacific Crest Trail 中継 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

Sierra City, CA より

lake aloha.jpgIMG00237.jpgIMG00241.jpgIMG00244.jpgIMG00247.jpgIMG00251.jpg
30歳の誕生日をお気に入りの場所で迎えられたことに興奮してしまったのか、湖の畔でヌード写真を撮ってみました。「キレイなうちに...」ってヤツです♪5年前にテントを張った場所を見つけて、今回も同じ場所でキャンプしましたが、まさかあの時、三十路を素っ裸で迎えるとは夢にも思いませんでした。

シエラ・シティーという人口200人ちょっとの小さな町に下りてきましたが、トレイルもようやく夏らしい暑さになってきました。しかし木が多い所にはまだ雪が残っており、前のハイカー達の足跡が途絶えると迷子になってしまいます。昨日も雪がなくなり足跡を見失った所でPCTとは別のトレイルに迷い混んでしまい2時間ほど森の中で困ってしまいました。しかし、ハイキングは人生と一緒で迷って遠回りしたおかげで見える景色や出会える人がいます。昨夜、テントを張った場所からはこの旅で一番美しい夕日を見ることができました。迷って時間をロスしていなければ、キャンプしていなかった場所です。地図上で自分の居場所すら見失ったときに、同じく迷子になっていたオーストリア人のハイカーとは短い時間で不思議な連帯感が生まれました。ちなみに、彼の名はガーファンクル。本名がサイモンだからトレイル・ネームはガーファンクルだそうです。

ほとんどのハイカーが本名ではなく「トレイル・ネーム」と呼ばれるトレイルだけでのニックネームを名乗っています。自分でつける場合もあれば、他のハイカーからつけてもらう場合もあります。僕のトレイル・ネームは2年前にアパラチアン・トレイルをハイキングしている時につけてもらった、Made in Japanの頭文字からMIJ(ミッジ)です。
posted by MIJ at 08:15| Comment(2) | Pacific Crest Trail 中継 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする